「「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について 」-あの日からの言葉を振り返ること

【読んだきっかけ】
東日本大震災は、多かれ少なかれ「あの日」として人々の記憶に刻まれているのではないかと思います。
僕自身、あの日からうだうだと考えているようなところもあり。。
タイトルを見て手に取りました。

「「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について 」
高橋源一郎。河出書房新社。2012

【内容】
作家である著者が、東日本大震災から考え話してきた言葉をまとめたもの。
ツイッター上でのつぶやきを時系列に並べていった「日記」としての前半、雑誌等に書いたエッセイを抜粋して時系列に並べた「文章」としての後半に大きく分かれる。

「はじめに」でも述べられているように、ツイッター上では直接的な感情がやりとりされ、言葉が飛びかって。。。
この本は、著者自身がツイッターで発した言葉を振り返りながら、あの日の前と後で何が変わったかを考え
る場であり、もう一度読者へそのことばをぶつける場でもある。

【感想】
僕自身が印象に残ったのは、通常の生活(特に家族に対する思い)もそうだが、以下のような言葉である。

「どうして東京から「逃げる」、という言い方になるのか、よくわからない。東京から「出る」、でいいじゃないですか。僕は東京から「逃げない」のではなく、ただ東京に「いる」だけです。それじゃダメなの?」(p.24)

「いま「正しさ」への同調圧力が、かってないほど大きくなっています。(中略)それは、確かに「正しい」のです。しかし、この社会の全員が、同じ感情を共有しているわけではありません」(p.32。卒業式を開けなかったかわりに卒業生への祝辞として述べられた言葉の一部)

「本来、誰よりも共に戦うべき人たちの間に引かれてしまう、見えない線がある。(中略)だが、見えない線を挟む沈黙の応酬は暗い。無言の嫌悪の視線がそこにはある」(p.130。人々の間に生まれた「分断線」に関する連続ツイートの一部)

「30年かけて、この島では「デモ」というものを完全に咀嚼し、自分たちの体の一部分にしてしまったので」(p.159。「祝島」の反原発デモに関する連続ツイートより)

また、あの日以降に心に響いた小説などもつぶやきの中で紹介されているが、それも印象に残った。
・鶴見俊介さんの「象の消えた動物園」の一節
・堀江敏幸さんの「なずな」と、関連してまど・みちおさんの「ぼくがここに」という詩

後半の文章では、1つ1つのことについて、まとめられた考えが述べられていく。
震災、原発、政治。。。

読んでいるうちに、自分自身の「あの日」以降はどうだったのだろうと考えてしまいます。

あの日より前と以降で違っているのか。あの日からずっと考えは同じなんだろうか。
あの日より前の気持ちにもどれないのだろうか、とか。。。

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tag : 「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について 感想

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こんにちは。

あの日からの自分のなかの混乱、混沌としていること、その意味がわかれば
(解決法がわからなくても)すこしほっとします。
ツイッターは消耗しますが、稀に自分のかわりにひとつ、またひとつと
こんがらがってる糸をほどくようにそれをあきらかにしてくれることがあるので
ついつい続けちゃうんですよね。

本屋さんでさがしてみます。
教えてくださってありがとうございました。

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