『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(紀伊國屋書店)

いわゆる右といわゆる左についての心理学的な考察。
読み終わると、なぜいわゆる右が社会的に受け入れられやすいのかも理解できる。

ジョナサン・ハイト 『社会はなぜ左と右にわかれるのか 対立を超えるための道徳心理学』 紀伊國屋書店。2014


各章のまとめより
・道徳において、先天論・経験論・合理主義(危害に関わる体験から自ら構築される)という考えがあるが、著者は合理主義を以下の観点から否定する
-文化ごとの領域の違い(欧米の個人主義的な文化においては道徳の領域が他文化と比べ非常に狭い)
-嫌悪をもよおす行為へは、人は本能的に不快感を覚えて道徳は後付される
-自ら構築するようなものではなく、文化的な学習や手引きが大きな役割を果たす

・理性と情熱について、著者はヒュームの「理性は情熱の召使」の立場をとる
-心は乗り手(理性)と象(自動的なプロセス)に分かれ、乗り手は象に使えるために進化した
-道徳的に唖然としその感覚を正当化しようとする姿は、象(直観)が変えない判断を、乗り手が正当化しようとしている姿
-まず直観。それから戦略的な思考
-道徳的な思考は自分ひとりでする行為ではなく社会関係も考慮に入れている
-道徳について誰かの考えを変えるためには、象(直観)に語りかけるべき
 
・まず直観、それから戦略的な思考を証明するような6つの研究成果(脳はただちに絶えずものごとを評価、社会的・政治的な判断は直観に強く影響される、身体の状態が判断に影響を及ぼすことがある、など)

・まず直観、それから戦略的な思考の5つの特徴
-誰もが無意識に、他人がどう自分をどう評価しているかを執拗なまでに気にしている
-意識的な思考は直観を無条件に正当化しようとする
-正当化のためにうそをつき、自分自身さえもだます
-思考はどんな結論にもつながる
-道徳や政治に関する問題では、集団中心主義的になる傾向が強く、チームへの献身度合いを示そうとする

・道徳心理学の第二原理 「道徳は危害と公正だけではない」 に対し、欧米の啓蒙化され産業化され裕福で民主主義的な(Western,Educated,Industrialozed,Rich,Democratic=WIRED)な人は、世界を個々にわけて見、自立の倫理(危害と公正)にのみ道徳と考えやすい

・著者は「道徳は危害と公正だけではない」をわかりやすくするため、義務論や功利主義がたった1つの観点から道徳を評価させようとするものであることを示す。それに対し、多元的・感情的・自然主義的なヒュームの倫理観を示し、5つの観点(ケア・公正・通性・権威・神聖)を示す
-ケア/危害 他者の苦痛に気づきケアする
-公正/欺瞞 協力関係を築けるように欺瞞を罰する
-忠誠/背信 チームに貢献する者に報酬を、裏切る者には罰を
-権威/転覆 階級や地位に分相応なふるまいをしているか
-神聖/堕落 象徴的への価値や脅威感の共有

・左派はケア・公正の2つにのみ依存し、右派は5つ全てに依存している

・著者は1980年代以降のアメリカの政治(選挙)などを考察し、6つめの観点を付け加える
-自由/抑圧 暴君への抵抗

・道徳における集団選択を4つの点から擁護
-超個体の誕生、意図の共有の規範の発達、遺伝子と文化の共進化、急激な進化

・人間には集団志向性がある(ミツバチのように振舞うミツバチスイッチがある)

・宗教や正義心が集団への意識をたかめている。道徳は人々を結びつけると同時に盲目にする
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