『月の松山』(新潮文庫)

年始に読んだ本。

山本周五郎 『月の松山』。新潮文庫。1983

表題作始め、戦前から戦後に書かれた10編の短編をあつめたもの。

「羅刹」
織田信長の怒りの表情に魅せられ、再びその表情を見て自分の打つ面に表したいと考える能面師が、本能寺で信長の最期にその表情を見、そして面として作りきった後に想うことは。。。

「松林蝙也」
剣の達人、松林蝙也。隙あらば我を打てと、弟子にも家人にも告げ、しかし全ての挑戦をことごとく返り討つ。彼をあっと言わしめることはできるのだろうか。

表題作の「月の松山」
余命百日と告げられた主人公は、周りの親しい人々を幸せにするために、残りの人生を費やすことを決意する。それは、自らの評判を落とし、親しい人からも愛想をつかされるような生き方をすることでもあった。彼の願いは適うのか。

個人的に気になったのは「荒法師」。
気に入ったというよりは、違和感を感じたから気になったというのが正しい。
真理を求め苦悩し、仏の罰も恐れぬふるまいをする若き主人公、俊恵。彼は、寺で修行しながら、同時にその空虚さをも感じている。仏教が本来求めるものと、自分が行っていることは違うのではないか。。。
戦乱の世で、戦争の被害者を救う彼は、ある武士の死に際にあい、その言葉に感銘を受けて、自ら剣を取り阿修羅の如く戦い討死にをする。
「生きることが目的ではない、死ぬことが終わりではない、生死を超えて生きとおす信念、なにものが亡ぶるとも信念の亡ぶることはないのだ、見ろ・・・・・この領土は敵に侵犯され、領主も兵も孤城を守って戦っている。この事実を目前にしてなんの仏法、なんの悟道だ。おのれはこの地に生れこの郷土の恵を享けて育った、これをよそにして静止の大事があるか、足を地につけろ、道はこここにある、喝!」

太平洋戦争末期(昭和19年)の作品だからだろうか、この主人公のセリフには、郷土愛・愛国心というものと少し異なるような危ういことが書かれているように僕は思ってしまった。
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